第83回 コブスジコガネと三種の神器(前編)
コブスジコガネという糞転がしの仲間は、死んだ鳥獣の爪や羽毛など、他の生物がまず食べないケラチン質を好んで餌とする風変りな甲虫達だ。その名の通り、全身がコブとスジに覆われた古代兵器じみた風貌、そしてその特殊な生態ゆえ普通に昆虫採集していたのではまず見かけないレアさも相まって、虫マニアの間では地味に人気がある。
この甲虫を採るためには、鳥の羽根を大量に集めて森の中に一ヵ月以上置いておく、通称「羽毛トラップ」の設置が必須だ。しかし、このトラップに使うに足る量の鳥の羽毛を集めるのは、昨今なかなか難しい。かつて、この虫を得んと欲する虫マニア連中は、養鶏場へと出向いて不要な抜け羽根をいくらでも調達できたらしいが、鳥インフルエンザ等の疫病蔓延が問題となって以後、欲しいと懇願しても門前払いを食らうことが多くなってきたという。そのため、養鶏場以外から羽毛を得る手段、または羽毛に代わる餌の探索・追求が、この界隈の趣味人にとって喫緊の課題となっている訳だ。


私は以前から気になっていたことがあった。コブスジコガネは、ケラチンを食う。だったら、俺自身の体から出るケラチンを餌に呼び集められないかと。
そこで、私は身の毛もよだつ悪魔の実験を思いついてしまった。自身の爪切りで出た爪を回収し、風邪薬の空き瓶にひたすら溜めていくことにしたのだ。足掛け二年ほどかけて、その小瓶を自身の爪(息子から切り集めたやつも混ぜつつ)でギッシリと満たした。さらに、髪の毛もケラチンで出来ているので、妻に家で私の散髪をお願いし(これが上手)、それで出た大量の自身の毛髪を集めて使うことにした。人間の毛髪に関しては、既に知り合いの虫マニアがかつて試しており、あまり芳しくない成果に終わったとの弁を伝え聞いている。しかし、自分自身で実験を行い、自分の目でその結果を見届ける事こそ科学=Scienceなのだ。
他に何か使えそうなケラチンはないか。そうだ、バドミントンで使うシャトルには、本物の鳥の羽根を使っているものがあるではないか。軽く調べてみれば、バドミントンのシャトルは、主に中国にて食用で飼われているガチョウやアヒルの抜け羽根を使っているとか。そこで、バドミントンを趣味とする妻から羽根折れシャトルを大量に貰い受け、これをバラして羽根を抜き取りまくった上で一まとめに束ねた。
人間の爪、毛髪、そしてシャトル羽根。私はこの禍々しい三種の神器(いや、禍々しいのは前二器だけだが)を引っ提げて、コブスジコガネの住む地獄の煮凝り、魔窟たる近所のサギ山(ここがどう魔窟かは、先の連載で述べた通りだ)へ出向いた。辺り一面に抜け落ちたサギの羽毛、糞に未消化物、そして腐った鳥の死体が散乱するそこから少し外れた一角に、私はブツを仕掛けて帰った。さて一ヵ月後、どうなっているのか。




こまつ・たかし 1982年神奈川県生まれ。九州大学熱帯農学研究センターを経て、現在はフリーの昆虫学者として活動。『怪虫ざんまい―昆虫学者は今日も挙動不審』『昆虫学者はやめられない─裏山の奇人、徘徊の記』(ともに新潮社)など、著作多数。
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